「メディア芸術」の「メディア」って何ですか

Dec 03, 2020|その他

授業でおおむね以下の内容の質問をもらって、自分でも気になっていたので長めの文章で答えたのですが、よくある疑問かもしれないので公開しておきます(質問・回答の文面は少なからず変えてあります)。

Q.
たいていの芸術はメディアを持っていると思うのですが、なぜメディア芸術は「メディア芸術」と呼ばれるのでしょうか。また、たとえば絵画がメディア芸術に含まれず、マンガがメディア芸術に含まれるのは、どういう意味でなのでしょうか。あるいはそもそもここでいう「メディア」とは何なのでしょうか。

「たいていの芸術はメディアを持っている」はその通りですね。なので「メディア芸術」を「メディアを持っている芸術」という意味でとるとおかしいということになります。ただ、それは「青信号は実際は青くない」とか「鯨は魚へんなのに魚じゃない」みたいなつっこみに近いかなと思います。概念やカテゴリーの名前は、その内実に必ずしも対応していないというくらいの話です。それを前提としたうえで、いただいた疑問に沿ってお答えします。


まずメディア芸術は、日本の法律(文化芸術振興基本法/文化芸術基本法 第3章第9条)上で定義されている行政上のカテゴリーであり、それ以上でも以下でもない(言い換えると、行政を離れた文脈では意味をなさない)概念だと言えると思います。

このカテゴリーの名称が決められた経緯は知りませんが(推測は後述します)、いずれにしろ、マンガ、アニメ、ゲームなどを中心とした現代日本の代表的なポピュラーカルチャー*を(旧来の「芸術」に付け加えるかたちで)文化行政に組み込むという動機がまず先にあり、それらをひとまとめにするために「メディア芸術」という言葉がでっち上げられたと考えたほうがよいかと思います(大学の新しい学部名・学科名などにも似たような事情がありますね)。なので、たとえば「メディア芸術の本質は何か」「なぜそこにマンガが含まれるのか」「なぜ絵画は違うのか」みたいな問いは、最初から意味がないタイプの問いかなと思います。

一方で、「この文化行政上で要請されるカテゴリーの名称として「メディア芸術」という語が選ばれたのはなぜなのか」というのは有意味で興味深い話です。ウェブ上の適当な証言によると*この語が公に使われはじめたのは第1回メディア芸術祭(展示は1998年2月)あたりからで、より信頼に足るソースによると*1996年6月設置の「文化政策推進会議マルチメディア映像・音響芸術懇談会」の中で出てきた言葉のようです。もうちょっとがんばって調べれば、当時の審議会の議事録や報告書などでカテゴリーの名称について言及しているケースが見つかるかもしれません。

とりあえずウェブに上がっている文化庁の文化政策アーカイブの1992~97年あたりの文章を見てみると:

  • 1992年6月の文化政策推進会議報告書では、「メディア」はマスメディアあるいは視聴覚メディアの意味で使われている*
  • 1994年6月の文化政策推進会議報告書でも、それはとくに変わらず*
  • 1995年7月の文化政策推進会議報告書では、「マルチメディア技術を積極的に活用した新しい映像・音響芸術」という言い方が登場している*。ただし、明らかにこの表現が想定しているのは視聴覚メディアを使う芸術表現であり、マンガを含むような意味でのいまのメディア芸術というカテゴリーではない。「メディア芸術」という語も登場していない。
  • 1996年7月の文化庁のプランでは、「マルチメディアアートの振興(ビジュアル・アーツ・フェスティバル等)(26百万円等)」という記述が見られる*。この「ビジュアル・アーツ・フェスティバル」はメディア芸術祭の素案かと思われる。この「マルチメディアアート」という語で具体的に何が想定されていたのかはここでははっきりしないものの、同時期に先述のマルチメディア映像・音響芸術懇談会が設置されていることを考えれば、いまのメディア芸術に類したイメージだったのではないかと思われる。
  • 1997年7月の文化政策推進会議の提言内に概要が掲載されている報告書「21世紀に向けた新しいメディア芸術の振興について」では、新たに振興すべき対象として「メディア芸術」という語が大々的に登場する*。さらに「デジタルアート(インタラクティブ)、デジタルアート(ノンインタラクティプ)、アニメーション、マンガ」を4つの部門とする「メディア芸術祭」の具体像が示されている。

というわけで、「メディア芸術」という行政上の概念とその名称を確立したのは、おそらくこの1997年7月の「21世紀に向けた新しいメディア芸術の振興について」だと考えてよいと思われます。なおこの文書は、マルチメディア映像・音響芸術懇談会の議論をまとめたものです。

この報告書は全文を引用したくなるほどいろいろな意味で読みごたえがあるものなのですが、ここでは「メディア芸術」の「メディア」がどういう意味なのかを示唆する一部の記述だけ引いておきます。

I メディア芸術の振興が必要とされる背景

(1) 新しい技術を活用した芸術創造活動の進展
デジタル技術等の新しい技術の発達により、コンピュータグラフィックス、バーチャル・リアリティなど、新たな芸術表現が誕生。従来できなかった新しい芸術創造活動を可能にするこれらのー層の振興が必要。

(2) メディア芸術に対するニーズの急増
多メディア・多チャンネル化が急速に進む中、コンテンツとしてのニーズが大きい映画、アニメーション、コンピュータ・グラフィックス、ゲームソフト等のメディア芸術の充実が急務。

(3) メディア芸術の世界への発信
メディア芸術は、インターネット、衛星放送等を通じ、国際的にも大きな影響を与えており、我が国を代表する新しい文化として新しいメディア芸術の創造・発信を図ることが必要。

(4) メディア芸術の振興による文化と経済社会の発展
メディア芸術は、総合芸術として、また、翻案されることによって我が国の芸術文化全体を刺激し、人々の創造力や美的感性を育成。同時にこれらは、我が国経済社会の発展に資するものであり、文化と経済社会の発展の両面からその振興を図る意義は大きい。〔p. 437〕

近年の技術の進展に伴って誕生したコンビュータ・グラフィックス、ゲームソフト、インターネット・ホームページ等の新しいメディア芸術は、新たな芸術の創造や我が国の芸術文化全体の活性化を促す牽引力として、その振興を図る。

また、映画、アニメーション及びマンガについては、これらの新しいメディア芸術の基盤となるものであり、そのー層の振興を図る。〔p. 456〕

これらの記述を見るかぎり、「メディア」という語そのものの意味としては、従来と同じように基本的には視聴覚メディアやマルチメディアが想定されているように思えます。たとえば、1つめの引用の(2)に挙げられているものを見ると基本的には映像芸術ですね。この語義でいけば、マンガは入らなそう(少なくとも「等」の部分になりそう)です。一方で、マンガはメディア芸術祭では4部門の1つを占めています。

このすわりの悪さを解消しようとしているのが、2つめの引用なのかもしれません。つまり、「新しいメディア芸術の基盤となる」ものとして、マンガが取り上げられているということです。「基盤となる」という言い方が意味不明ですが、趣旨としてはようするに〈マンガ→アニメーション〉や〈マンガ→ゲーム〉のような文化的な連続性や影響がある(それゆえマンガもメディア芸術の一翼なんである)という話だと思われます。

このカテゴライゼーションや「メディア芸術」というカテゴリー名がどういう動機と理屈によって決められたかは以上の資料だけではわからないですが、いずれにしろ上記の経緯から言って、マルチメディア映像・音響芸術懇談会の中で話し合われたことなんだろうというのは自然な推測かと思います(会議のメンバーに里中満智子なども入っているところからすると、マンガが含まれるのは最初から既定路線だったのかもしれませんが)。

ウェブだけでなく紙のアーカイブを掘るともっといろいろな情報が出てくるかもしれません。あとこういうのは、当時の関係者に直接聞いたほうが早いとは思います。

以下のシンポジウム記録なども参考になるかもしれません。僕自身はこの種の問いや議論に何か実質的な意義があるとは思いませんが、面白い話だとは思います。

長くなったので、「メディア」という日本語の多義性については、次の記事で整理します(2020.12.04 追記)。

Footnotes

  • これらを「サブカルチャー」と呼ぶ用語法が国内ではまあまあまかり通っているが、ガラパゴスな言葉づかいなので注意。英語で"subculture"が"pop culture / popular culture"と同義で使われることはない。"subculture"は"mainstream"に対置されるものであり、主流に対する「カウンター」の含みか、そうでなくても「オルタナティブ」や「ハードコア」や「マイノリティ」の含みがある。

  • 土佐信道「そもそもメディア芸術ってなに? 国立メディア総合センター〈考察〉」明和電機社長ブログ、2009年7月6日. https://www.maywadenki.com/blog/2009/07/06/post-ed25/.

  • 文化庁の「文化庁メディア芸術祭のあゆみ」では、起点としてこの「文化政策推進会議マルチメディア映像・音響芸術懇談会」が挙げられている。以下も参照。

    佐々木(授業資料のほう)の記述を引いておく。

    1996年7月より文化政策推進会議/マルチメディア映像・音響芸術懇談会によって「21世紀に向けた新しいメディア芸術の振興方策」について議論されてきた。〔改行〕座長は滝川精一(財団法人画像情報教育振興協会理事長)、副座長に根木昭(長岡情報科学大学教授)をはじめ、大友克洋(アニメーション監督)、里中満智子(漫画家)、高野悦子(岩波ホール総支配人)等で積極的な取り組みが行われた。その結果は文化政策推進会議/マルチメディア映像・音響芸術懇談会「21世紀に向けて新しいメディア芸術の振興について(報告)」として1997年7月30日に発表された。この報告はその後大きな影響を与えることになる…
  • しかし、重要なことは、現在から将来にかけての日本人が、より積極的かつ自発的に自らの生活を楽しく豊かにしてゆこうとする欲求を、行政が理解し、必要に応じてそれを側面から支援する用意を整えることであろう。〔改行〕特に、従来の分類には含まれない、新しい多様な表現活動の分野や、メディアの利用などにも注目しなければならない。
    文化的関心の現れの中で、特に、もろもろの芸術・文化活動への参加は、今後ともますます活発化してゆくであろう。メディアを通じての芸術鑑賞などは一般化しており、さらに今後は、直接体験としての芸術活動の成果の享受と創造へのより一層の参加の方途を探求していく必要があろう。

    「文化政策推進会議審議状況について(報告)」文化政策推進会議、1992年6月19日、pp. 44–45. https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/hakusho_nenjihokokusho/archive/pdf/r1402577_09.pdf.

    ここでの「メディア」は、表現のための媒体一般としては考えられておらず、むしろ間接的なかたちでの「芸術鑑賞/芸術活動」を可能にするものとして考えられている。ようするにテレビ、ラジオ、録音、録画などを通した芸術鑑賞が増えているというくらいの話。

  • 今日では、自由時間の増加とともに、テレビ、ビデオ、CD、書籍等メディアを通じての芸術鑑賞が一般化するー方で、音楽、美術、演劇、映画などを直接自分の目や耳で鑑賞したいという希望が国民の間でますます強くなっている。

    「21世紀に向けた文化政策の推進について(報告)」文化政策推進会議、1994年6月27日、p. 27. https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/hakusho_nenjihokokusho/archive/pdf/r1402577_07.pdf.

    書籍にも「メディア」が適用されているので、「メディア」=「視聴覚メディア」というわけでもないようだ。テレビやビデオが「メディアを通じての」側で、映画が「直接」側に含まれているのが趣深い(1990年代前半の芸術観はまあそんなものだろうとは思うが)。「情報ネットワークの整備」に関して「近い将来に本格的に実用化が予想されるマルチメディア対応」という表現も見える(p. 29)。

  • 「新しい文化立国をめざして:文化振興のための当面の重点施策について(報告)」文化政策推進会議、1995年7月26日、pp. 4–5. https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/hakusho_nenjihokokusho/archive/pdf/r1402577_06.pdf.

    「映像・音響芸術の活性化への援助」の一環として「マルチメディア技術を積極的に活用した新しい映像・音響芸術の創造と普及活動を支援」が挙げられているが、その具体的な内実についての記述はない。

  • 「文化立国21プラン」文化庁、1996年7月30日、p. 4. https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/hakusho_nenjihokokusho/archive/pdf/r1402577_29.pdf.

    以下のような謎の記述も見られる(p. 1)。

    その中で、文化が産業としても新しく成長が期待される分野となってきているとともに、特に、映像情報産業の拡大や高度化に伴い、メディアのコンテンツとして極めて重要性が高くなっています。

    趣旨としては情報メディアが文化を支えるものとして重要になっているくらいのことだと思うが、「メディアのコンテンツ」という言い方における「メディア」が意味するものが不明(マスメディアのこと?)。「コンテンツ」という語が登場しているのも味わいがある。

  • 「文化振興マスタープラン:文化立国に向けての緊急提言」文化政策推進会議、1997年7月30日、pp. 437–439. https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/hakusho_nenjihokokusho/archive/pdf/r1402577_27.pdf.

    「21世紀に向けた新しいメディア芸術の振興について」の本体はウェブでは見つからず(ウェイバックをかけるかぎり、以前は掲載されていた形跡はあるが)。アップロードしなおしてほしい。