単数形のgame mechanic
Sep 11, 2021|ゲーム研究
「game mechanic」をどう訳すかについて。ボードゲーム作品やビデオゲーム作品の特徴記述において使われる「メカニクス/ゲームメカニクス」という用語*になじみがある人向けの記事です。
前から思っていたことではあるが、最近複数の場面(ボードゲームやビデオゲーム関係の研究会など)で以下の趣旨のことを言っている。
- 単数の"(a) game mechanic"は「ゲームメカニクス」ではなく「ゲームメカニック」と訳したほうがよい。
- さらに言うと、その意味でのgame mechanicが複数あることを示す複数形"game mechanics"も、「ゲームメカニクス」ではなく「複数のゲームメカニック」などとした訳したほうがよい。
完全に同意されることは少ないのだが、たしかに「メカニック」と訳すことの難点は多少あると思う。以下のTwitterでのやりとりは懸念や問題のポイントをわかりやすく示してくれた。
以下ちょっと調べたことの整理。結論はとくにないです。
基本的な前提
以下の点で議論するつもりはない。明らかな間違いや不足があれば教えてください。
- 名詞の"mechanics"は一般に〈仕組み〉(the way something works)を指すのに使われるが、この用法の場合はつねに"s"がつく(いわゆるplural-only noun)。*
- "mechanic"が名詞で使われる場合は、普通〈整備工〉の意味(もちろん整備工が複数人いれば"mechanics"となる)。日本語で「メカニック」と言う場合も普通はこの意味。
- ある種のテクニカルタームとして、個々のゲームの特徴記述において"mechanic / game mechanic"という単数名詞が使われるケースがある。たとえば「このゲームはxxxというmechanicを持つ」、「このゲームはyyyとzzzという2つのmechanicsをうまく組み合わせている」みたいな言い方。
- 個々のgame mechanicをどのように切り分けるか(どれを「ひとつ」と見なすか)は、個別化と分類の実践に依存する。上記のTogetterを参照。ポイントは、どのように切り分けるにせよ、切り分けられたものは「ひとつ」としてカウントされる(それゆえ単数形で表現される)ということ。これは英語における実際の言葉遣いがそうなっているというだけの話であって、規範的な主張ではない。
用法の由来
次のようなRedditのトピックがあった。いつごろからこの単数の用法が出てきたのかという話題。
調べようとしていたことがそのまま疑問として出されていて面白かった。きろまさんも書いていたが、英語話者にとっても変な言葉遣いに感じられるらしい。
質問者の記述を信じるかぎり、遅くとも1990年代後半にはすでにこの用法があったようだ(標準的な言葉遣いとして定着していたかどうかはまた別の話だが)。それ以前はわからないが、リプライによるとOEDにもうちょっと前の用例があるらしい。おそらく"mechanic"の項目にある以下の用例のことだと思われる。
1988 Grocer 22 Oct. 155/1
Advertisements..will invite readers to sample the brand through two mechanics. The first will reward 20,000 respondents who ring a special hotline with a free miniature through the post.
複数形ではあるが、明らかに単数のものが2つあって複数形になっているケースだ。これは広告の仕掛けの話だと思うが、おそらくゲームの仕組みを指す1990年の用例もあった。
1990 Games Rev. Jan. 51/1
This is a neat game mechanic which should have been ripped off by more games designers.
もとの文脈を見ないと正確な意味合いはわからないが、ぱっと見現行の用法にかなり近いと思われる。
頻度の変遷
Ngram Viewerで"game mechanic(s)"、"game mechanism(s)"がそれぞれどれくらい使われてきたかの変遷を出してみた。
"game mechanic"は2000年代以降漸増している。"game mechanics"も2000年代後半あたりから着実に増えているが、テクニカルタームとしての単数用法の複数形のケースがそのうちの一定の割合を占めていると思われる。
調べるのが大変そうなので調べてないが、もともとボードゲームの世界で広まった用法がビデオゲームにも適用されたという順番なのかどうかは気になる。
“mechanic”か“mechanism”か
Redditの別のトピックで次のようなのもあった。
このトピックでは、単数"mechanic"はありかなしか、"mechanic(s)"なのか"mechanism(s)"なのか、"mechanism"に対応するのは"mechanic"ではなく"mechanics"なのではないか、といった言葉遣いそのものが問題になっていて、目下の関心(日本語での訳語をどうするか)により近い話かもしれない。このトピックが2014年のポストであるという点は示唆的だ。おそらく2021年現在では単数用法の"mechanic"が浸透しすぎていて、もはや論点にならないのではないかと思う。
ちなみにBoardGameGeek*では、"mechanic(s)"と"mechanism(s)"が交換可能な語として説明されている。ついでに言うと、『ゲームメカニクス大全』の原題は"Building Blocks of Tabletop Game Design: An Encyclopedia of Mechanisms"である。
ほかにもいろいろそれを支持する材料があるが、用語として区別することが明示的に宣言されているのでないかぎりは、"game mechanic(s)"と"game mechanism(s)"は同義で使われていると考えて問題ないだろう。
“game mechanics”の別の用法
以上の意味での"game mechanic(s)"とは別の意味でplural-onlyの"game mechanics"を使う用法がある。これを説明する用意もあるが、けっこう地獄なのでまたの機会に。
あまりきれいな整理とは思えないが、アキ・ヤルヴィネンやミゲル・シカールも"game mechanics"の多義性について多少整理している。ヤルヴィネンやシカール自身が採用する用法もまた単数形を許容するものだが、それらが現行の用法とぴったり一致するかどうかはかなり微妙(部分的にオーバーラップするのはたしかだが)。
- Aki Järvinen, Games without Frontiers: Theories and Methods for Game Studies and Design (Tampere: Tampere University Press, 2008).
- Miguel Sicart, “Defining Game Mechanics,” Game Studies 8, no. 2 (2008).
こういうめんどくさい事情を考えると、『ビデオゲームの美学』で「ゲームメカニクス」をテクニカルタームとして導入したのは失敗だったかもしれない。
Footnotes
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BoardGameGeekでの"game mechanic(s)"や『ゲームメカニクス大全』での「ゲームメカニクス」がこの用法のわかりやすい例。ややこしいことだが、拙著『ビデオゲームの美学』における用法も含めて、"game mechanics"や「ゲームメカニクス」という語にはこれとは別の(とはいえ完全に別とも言えない)用法もある。
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OEDなどを見ると、抽象的な働きを指す用法のほかに、働きをもたらす具体的な部品群(機構)を指す用法もある。この場合は"mechanism"と交換可能だろう。"game mechanic"もこの用法の派生なのかもしれない。
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このページでは"gameplay mechanism"という日本語では目にしない書き方が見られる。"gameplay"もある種のテクニカルタームだが、カタカナ語としてどれだけ浸透しているかはあやしい。