イェスパー・ユール『Half-Real』はこんな本

Apr 26, 2013|ゲーム研究

追記(2016.08.29)
おかげさまでニューゲームズオーダーから邦訳が出ます。詳細は以下。


人文系ビデオゲーム研究の古典的な研究書である Jesper Juul, Half-Real (2005) の章ごとのざっくりな紹介です。

ちょっと入用でぱっと作ったものですが、せっかくなので公開しておきます。いまさら感あるけど(というか、日本でも比較的知られてるし読書会もいくつかされてるらしいわりに具体的な内容についての言及がなさすぎなのはなんなのか)。

「日本語で読ませろ」という人が続出すれば、どこかの出版社さんが翻訳をだしてくれる流れにならなくもないかもしれませんので(てきとう)、よろしくおねがいいたします。

以下まとめ。〔〕内は補足。

Preface

思い出話。

1. Introduction

この本の基本的な構想(ビデオゲームに現実のルールと虚構世界という二面性を見たうえで、両者の関係を考える)の提示。

採用する大まかな理論的枠組みと扱う主題を示し、それぞれについて先行研究を軽く紹介する。具体的には:

  • ホイジンガ、カイヨワ、Avedon & Sutton-Smith、Suits等の古典的な遊び論・ゲーム論について。
  • ゲーム自体とプレイヤーの区別。
  • ルールとフィクションの区別。
  • ゲームがストーリーを語ることについて。
  • ゲームとそれを取り巻く文化という観点について。
  • ゲームとはなにかという話と、なにがゲームを面白いものにするかという話の区別。
  • など。

2. Video games and the classic game model

古典的なゲーム(媒体横断的なものとしてのゲーム)の定義を考えたうえで、ビデオゲームの独自性を示す。

先行論者のゲーム・遊びの定義を「形式的システムとしてのゲーム」、「ゲームとプレイヤーの関係」、「ゲームと現実世界の関係」という3つの観点からまとめたのちに、6つの条件によるJuul自身の定義ないし特徴づけを提示する。

〔基本的に "The Game, the Player, the World: Looking for a Heart of Gameness"(hallyさんによる和訳あり)の内容そのまま。〕

3. Rules

ゲームにおけるルールの定義とその働きについての諸議論。

ルールを、「状態機械」(state machine)を構成するものとして見る。状態機械がプレイヤーに克服すべき課題を与え、それにプレイヤーが応えることによって「ゲームプレイ」が成立する。

論点いろいろ:

  • 状態機械と戦略の関係(ゲーム理論的な話)。
  • ルールの実質(ルールがどのようにして実装・現実化され、どのようにして変わるかといった話)。
  • 「進行のゲーム」(games of progression)と「創発のゲーム」(games of emergence)の区別。両者のゲームプレイ上のちがいがルールの構造的特徴からどのように導かれるかについて。両者のゲームプレイの具体的なプロセスについてのより細かい議論。
  • ゲームの面白さ〔基本的には挑戦的な面白さに限定している〕とゲームプレイの関係(フローとか)。

4. Fiction

ビデオゲームにおけるfictional / representationalな側面(なにかを描いているという側面)の分析。

〔時間論の部分に顕著だが、基本的に既存のフィクション形式(映画や文学)に対するビデオゲームの(フィクション形式としての)特殊性に焦点をあわせている。〕

論点いろいろ:

  • ビデオゲームのフィクションにおける不整合・非一貫性は、ルールを持ち出して説明されたりする(e.g.「マリオの命はなぜ3つあるのか → 1つだとむずすぎるからでしょ」)。
  • 抽象/具象の度合いによるゲームの分類。
  • 虚構世界の描きかたのバリエーション(グラフィック、音、テキスト、ルール等々)について。
  • ゲームに集中してくると、フィクション要素がわりとどうでもよくなってくる話。
  • ビデオゲームの時間論(「プレイ時間」と「虚構時間」の区別、および両者の関係について)。
  • 「物語」(narrative)という用語のバリエーションについて。
  • プレイヤーとキャラクタの同一化について。

5. Rules and fiction

ビデオゲームにおけるルールとフィクションの競合的あるいは補完的な関係について(つまり、ビデオゲームが「half-real」であるというわけについて)。

論点いろいろ:

  • ルールとフィクションが完全に一致することはめったにないが、それでもポジティブな効果を生むことができる。
  • ゲームにおける空間は(両者が一致するという意味で)特別なケース。レベルデザインは、虚構世界を提示すると同時に、ルール(可動領域)を提示する。
  • 個々のhalf-realなゲーム作品が、両者をどのようなしかたで実装し、それによってどのような効果が生みだしているかについての個別的分析。
  • 最終的に、これまで提示してきた枠組みをつかって、ゲームが意味する(mean)ものを考察する。

6. Conclusions

全体の主張と結論。


まとめおわり。

Juul本のいいところは、博士論文なのであたりまえなのだが、先行研究を適切に引用・参照・位置づけ・比較している点にある。ゲームデザインの本とかだと、言いっぱなしだったり先行の議論をよくわからないかんじで引いてたりで、研究書としてはあまり使えなかったりする場合があるけど(デザイン本としてはそれでいいんだけど)、そういう点では Half-Real はふつうに研究書として使えます。

内容については、ルールとフィクションという自前の枠組みを使って、ゲーム研究でよく問題にされる論点をかなり広く取り上げて定式化しているというかんじ。

議論の精度が高いのは、3章の「進行」と「創発」の区別とそれぞれの特徴づけ、4章のビデオゲームにおける非一貫的な世界についての議論と時間論、5章の全体(とりわけ個別的事例の分析をとおして、この枠組みの威力を示しているところ)あたりではないかと思う。

その他の論点については他に参照すべき研究がいまや大量にあるだろうが、それらの論点についても思考の整理には十分に役立つはず。

というわけで、いい本なので翻訳させてください。


Juulについてのいくつかの言及にリンクはっておきます。