Gamasutraでの「narrative」の用法

Nov 10, 2015|ゲーム研究

先日ナラティブ関係の発表をした。レジュメは以下。

このなかで以下のように書いた。

  • ゲーム関連であるかどうかにかかわらず、英語圏で「narrative」という語それ自体に「物語」という以上の特殊な意味合いを持たせて使っているケースは、いまのところ見つからない。
  • 英語圏で「narrative」と「story」を対置するような日常的用法も見当たらない。少なくとも、それらをテクニカルタームとして定義する物語論(後述)の文脈を除けば、両者はほとんど交換可能な言葉として使われる。
  • そういうわけで、英語の「narrative」に特殊な含意を読み込む必要もなければ、わざわざカタカナで「ナラティブ」と訳す必要もない。つまり、特殊な意味合いを持つ言葉としての「ナラティブ」は日本語である。

この見解に対して、いくつかコメントをいただいた(ありがとうございます)。指摘の内容を簡単にまとめると以下のとおり。

  • ゲーム開発者のあいだでは「narrative」を「narrative experience」の略語としてつかう特殊な用語法がある。
  • これは一般的な用語法ではないので、一般向けに言うときにはちゃんと限定がかけられる。

その用語法の具体的事例として、以下のブログ(Frictional Gamesのオフィシャル)を教えていただいた。

ここではたしかに「narrative」がプレイヤーの主観的経験の側面を限定的に指すものとして明確に定義されている*。この点で、「英語圏で「narrative」という語それ自体に「物語」という以上の特殊な意味合いを持たせて使っているケースは〔…〕ない」というレジュメの書きかたは不適切だったと思う。

ここまでは不勉強でしたというかんじなのだが、「ゲーム開発者のあいだではつねにそうした含みを持たせて使われている」という追加の見解に疑問を持った。実際、上記のブログでは「わたしの定義はふつうの言葉づかいとはちがうよ」といったことが明示的に書かれてるわけなので*、「narrative」=「narrative experience」という用語法は(ゲーム開発者のあいだでも)標準的なものではない可能性がある*

以下、この点を確かめるべく調べてみたもの(反論というよりも単純に不勉強なので調べましたというもの)。「Gamasutraをもっと読むべき」という具体的な提案があったので、Gamasutraの掲載記事における「narrative」の用法を見てみた。資料は「gamasutra narrative」でぐぐって出てきたもの上から12個(物語が主題ではないもの、書き手が重複しているもの、古すぎるものは除外した)。


Gamasutra: Alexander Freed's Blog - Six Metrics for Better Game Narrative
2015年6月の記事。とくに特殊な含みはなく、(形容詞的用法を除けば)「story」と入れ替えてもふつうに読める。

Gamasutra: Will O'Neill's Blog - Writing a More Compelling Game Narrative
2015年7月の記事。ゲームの一要素としての「物語」の意。「game narrative」という言いかた(これはよくある表現)で意味を限定している側面はある。

Gamasutra - Redefining Game Narrative: Ubisoft's Patrick Redding On Far Cry 2
2008年7月の記事。議論自体は、ゲームならではの物語表現あるいは「物語デザイン」をどう達成するかという話だが、「narrative」という語そのものに含みがあるわけではない。ふつうに「物語」の意(問題にされているのが「ふつうの物語」ではないにしろ)。

Gamasutra - Book Excerpt and Review - Game Writing: Narrative Skills for Videogames
2006年8月の記事。同年に出た物語デザイン本の抜粋。「narrative」は「the methods by which the story materials are communicated to the audience」と明確に定義されている。これは「物語手法」と訳すべきものかもしれない。「story」のほうは物語論における物語内容とおおむね同じかんじで定義されている。「narrative」は「immersion」や「identification」*に寄与するものとして特徴づけられてはいるが、経験自体を指してはいない。

Gamasutra - A Practical Guide to Game Writing
2010年10月の記事。ふつうに「物語」や「物語的」の意。「immersive, interactive narrative experience」といった表現は見られる。「narrative-driven」と「plot-driven」、「narrative arc」と「story arc」がそれぞれ交換可能な用語。

Gamasutra: Warren Spector's Blog - A Narrative Fallacy: It's All About Aristotle
2015年8月の記事。タイトルが熱い。伝統的な(リニアな)物語とゲームの物語を比較しているが、「narrative」という語に特殊な意味合いはない。記事へのコメントで「この記事の「narrative」を「story」と同義語でとっていいのか、「plotted story」としてとるべきなのか」という質問がある。これは出してる例を見るかぎりフォースターのストーリーとプロットのことだろうが、物語的結合を持つもの(あるいはその結合自体)を「narrative」と呼びたくなる語感があるのかもしれない*。この質問への著者の返答は「When I say "narrative," I'm actually talking about several things - the overarching story, the minute-to-minute player-driven experience, the story recounted by a player and more.」となっていて、経験的側面も含まれているようだ。

Gamasutra - The Uneasy Merging of Narrative and Gameplay
2010年1月の記事。物語とゲームプレイの融合とその難しさというおなじみの論点を取り上げたもの。ひとまず一般的な意味での「narrative」は「the description of a series of events」であるとしたうえで、この記事では「narrative」をより限定的な意味でつかいます、と述べている。いわく「[...] when we talk about narrative henceforth, we mean the kind of narrative that's more substantial than sprite or background graphics, the kind that's slower to digest -- conversational narrative, narrative that involves characters, their relationships and dispositions towards each other, and the like」。どういう意味で「substantial」で「slower to digest」なのかはよくわからないが、「たんに用意されている要素ではなく、それがプレイヤーの経験のうちで統合されたものとしての物語」みたいなことが言いたいのかもしれない。

Gamasutra: Urbain Bruno's Blog - Opening Lines: Finding a Voice for Epistory
2015年10月の記事。「narrative voice」や「narrator」といった物語論的な観点から論じている。「narrative」はほぼ形容詞的にしかつかわれていないが、ふつうに「物語的」あるいは「語りの」といった意味。

Gamasutra - Building a narrative out of push notifications in Lifeline
2015年6月の記事。タイトルからわかるように、プッシュ通知を利用する物語表現についての議論。ふつうの物語技法ではないが、「narrative」自体はふつうに「物語」の意で「story」と交換可能。

Gamasutra: Clara Fernandez Vara's Blog - Learning to Love the Narrative Puzzle
2015年7月の記事。パズル要素と物語をどういう具合に組み合わせるといいかという話。ゲームならではの物語デザインの手法についての議論ではあるが、「narrative」にとくに特殊な含意はない(論点上、プレイヤーが経験するものとしての物語という側面は強いとは思う)。

Gamasutra: Sam Coster's Blog - Telling stories in Crashlands
2015年7月の記事。サンドボックスのゲームプレイと物語のリニア性の関係についての議論。「narrative」=「物語」でとくに問題ないケース。「narrative」は物語の表現方法を指し、「story」は話の筋を指しているように読める部分が一箇所だけある。

Gamasutra - Developing Meaningful Player Character Arcs in Branching Narrative
2013年3月の記事。「branching narrative」や「interactive narrative」といった限定がつくことはあるが、ふつうの意味での「物語」以上の含みはとくにない。「story experience」というあまり目にしない表現が見られる。


まとめると:

  • 「narrative」が明確に定義されずにつかわれている場合、意味の限定は日本語の「物語」以上にはとくにない。経験的側面を含む場合もあるが、それは「narrative」や「物語」が一般に持つ含意。
  • 「narrative」が明確に定義されてつかわれるケースはある。場合によっては、同時に「story」等も別の用語として定義される。
  • 明確に定義される場合の「narrative」の意味は一定ではない。手法の側面を強調する場合もあれば、経験の側面を強調する場合もある。あるいは物語的結合の側面(物語性)を強調するものとして読めるものもある。

以上を踏まえた考え:

  • とくに明確な定義がなければ、「narrative」は「物語/物語的」と訳して問題ない。
  • 場合によっては、「narrative」は、意味が限定された特殊な用語として訳出したほうがよい。
  • その場合「ナラティブ」と訳すと「narrative」という英単語それ自体が独特の意味を持っているように見えるのでよくない。ケースに応じて「物語経験」や「物語手法」や「物語性」などと訳したほうがよい。
  • ゲームで物語的な表現をどう達成するかという議論において、「物語とはなにか」、「ゲームにおける物語とはなにか」、「物語の経験とはなにか」みたいな本質的な話に行き着くのは自然だと思う。また、当然そこでは、細かい側面を切り分けるための理論概念が要請されるだろうし、物語にかかわる諸現象に対して日常的な言葉づかいよりもはるかに繊細な言葉づかいが必要になるだろう。この点で、ゲームにおける物語デザインの議論は、物語論一般と同じだ。そして場合によっては、冒頭の例のように、「narrative」がテクニカルタームのひとつとして採用されることもあるだろう。しかし、「ゲーム開発の文脈において「narrative」はつねにテクニカルにつかわれる」という主張、および「そのテクニカルタームとしての「narrative」はつねに特定の意味(たとえば物語経験)を担っている」という主張には、さしあたり同意できない。
  • 不勉強という指摘はソース込みでお願いします。

留意点:

  • 取り上げた資料はちゃんと読んだつもりだが、ちゃんと読めてないかもしれない。
  • 取り上げた資料に偏りがあるかもしれない(あるいは想定されているゲーム開発者コミュニティからの文章ではないかもしれない)。
  • GamasutraではなくGDCなどで調べると、またちがった結果が出るかもしれない。

Footnotes

  • "At its most fundamental level, the narrative is what happens as you play the game over a longer period. It is basically the totality of the experience; something that happens when all elements are taken together: gameplay, dialog, notes, setting, graphics etc.; the player's subjective journey through the game." http://frictionalgames.blogspot.jp/2014/04/4-layers-narrative-design-approach.html.

    "My definition, however, is the subjective experience of the player; the personal sequence of events and emotions that the player has when playing through the game. It can be said to be a player's account of her experience, but that would not be entirely accurate since what I am after is the raw direct experience of actually playing the game." http://frictionalgames.blogspot.jp/2013/05/nailing-down-terminology.html.

  • "I know this [definition] clashes with other definitions that refer to narrative as a separate aspect of the game, but I think this is the one that's most helpful when discussing game design." http://frictionalgames.blogspot.jp/2014/04/4-layers-narrative-design-approach.html.

    "My proposed definition for this term ["narrative"] will probably be a little harder to get a [sic] across, but I think it is a very important one. In common language "narrative" is pretty much a synonym to "story". My definition, however, is the subjective experience of the player; [...]" http://frictionalgames.blogspot.jp/2013/05/nailing-down-terminology.html.

  • ちなみに、「narrative」にしろ「物語」にしろ、ふつうの用語法でも受容者の経験レベルへの言及を暗黙のうちに含意するものだと思うが(物語が構築的なものである以上ほとんどトリヴィアル)、ここでの論点は「narrative」を経験レベルに明確に限定してつかう用語法がゲーム開発の場面で一般的かどうかである。

  • ここでの「identification」は、プレイヤーとキャラクタの同一化の意味に加えて、ゲームプレイの目的や対象の意味づけみたいな意味合いでもつかわれている。

  • レジュメの注3でも触れたが、この質問の背後には「narrative」が実体(物語)ではなく性質(物語性)のニュアンスを持つ傾向にあるという事実があるのではないかと思う。「narrative」=「narrative experience」という用語法も、この語感に由来するのかもしれない。ただ、このへんはネイティブに聞かないとなんともいえない。