さやわか『僕たちのゲーム史』書評

取り上げられている局面や作品は、ゲームに多少詳しい人なら誰でも聞いたことがある(あるいは自分の体験として自明のように知っている)であろうものばかりで、とくに目新しい事実が述べられているわけではない。またそれについての解釈も、とくに新鮮なものではない。

しかし、あるていど一貫した観点のもとにそれら重要な局面や作品をまとまったしかたで位置づけていくという仕事は、ゲームを取り巻く言説の現状の中では貴重だし、あくまで常識的な見解をできるだけ中立的に語ろうとする語り口にも好感が持てる。また、無駄にペダンティックだったりよくわからない概念を導入したりしない点もよい。

この本読んで「あたりまえのことしか書いてないね」みたいな感想しか持たない人は、あたりまえのことを筋道立てて漏らさず書くことの重要さや困難さを知るべき。

もちろん「ゲーム」や「物語」といった用語の定義や使用法など個人的につっこみたいところはたくさんあるが、そういう概念的な整理はゲーム研究者が今後やっていくべき仕事であって、現時点での概説的な歴史記述に要求される仕事ではない。

というわけで、『僕たちのゲーム史』は、現状日本語で読める日本のビデオゲームの概史の決定版と言っていいのではないかと思います(少なくとも教養本としては『教養としてのゲーム史』の500倍おすすめ)。

英語で読めるゲームの歴史の概説書はけっこうな数出てますが、日本のゲームの熱い部分についてほとんど触れないので、その点でもありがたいことです。

以下、章ごとの内容をおおまかに紹介。


1章

80年代前半の時点ですでに謎解きや物語はゲームの重要な要素として考えられていた。『スーパーマリオ』も部分的にはそのような文脈において作られ、そのような文脈のなかで受容された。

2章

そのような謎解きや物語に適したジャンルとして、80年代初頭~半ばのアドベンチャーゲームやRPGを取り上げる。すでにこの時点で、洋ゲーにおける一人称志向と和ゲーにおける三人称志向という傾向が見出せる。以降日本のゲームは、基本的には一人称的な探索よりも三人称的な物語を追求していくことになるが、その中にあって『ドラクエ』は物語を一人称的に「体験」させるという点で独自性を持つ。

3章

80年代末におけるシミュレーションゲームの勃興に焦点をあわせる。アナログのシミュレーションゲームでは、古典的に「歴史」や「データ」を重視する遊びかたが評価されてきたが、光栄の作品は、歴史を題材にしているにもかかわらず、まず第一にゲームとして面白いものを追求した。とくに『三国志』に顕著なように、多彩なキャラクタとそれらが作り出す物語への志向が見出せる。『ファイアーエムブレム』のような新しいジャンルの作品もまた同様の志向のもとに生まれてくる。

4章

80年代から90年代前半にかけてのアーケード文化について。80年代半ば以降、風営法による規制や家庭用ゲーム機の躍進によって、ゲームセンターは厳しい状況に置かれていた。そこで家庭用との差別化をするために「体感」を重視した大型筐体のゲームが登場してくる。また『テトリス』に代表される落ちものパズルは、そのルールの単純さによって幅広い客層を呼び込んだ。90年代初頭の『スト2』の登場によってアーケードにおける対戦という文化が成立した。

5章

90年代半ばにおける半導体ROMの時代から光学ROMの時代への移行を描く。それは同時に2Dグラフィックから3Dグラフィックへの移行でもあった。読み込み時間などの欠点にもかかわらず90年代半ばの次世代機戦争にプレイステーションが勝利したのは、『FF7』に象徴されるように、当時のプレイヤーが膨大なデータ量を要求する演出や映像や音楽をゲームに求めていたからである。SCEIはゲームについて柔軟な考えを持っていたのであり、旧来のゲーム観に縛られていた任天堂はその点で敗北することになる。

6章

物語志向的な日本のゲームのひとつの到達点として、そして時代の転換点として、1997年という年が捉えられる。『ロマサガ』に見られるようにRPGにおける物語表現の挑戦は円熟期を迎え、ドラマチックな物語表現は『FF7』において頂点に達した。『弟切草』に始まるノベルゲームはギャルゲーにおいて顕著な発展を示し、『ToHeart』や『YU-NO』において達成点を見た。しかし、1997年を境にして国内におけるソフトの売り上げは減り始める。それとともに(またインターネットの普及もあいまって)ゲーム雑誌は衰退していくが、同時に同人ゲームの台頭といった新たな動向も生まれてくる。

7章

90年代末から00年代初頭にかけての衰退期の中で、日本のゲームの一部はゲーム外的なコミュニケーションの楽しみを志向していく。『ポケモン』は、物語やグラフィックといったゲーム内容自体ではなく、それをつかった外的なコミュニケーションのおかげでヒットした。ゲームセンターにおけるコミュニケーション文化のうえに成立した音ゲージャンルもまた同様の傾向性を持つものだろう。『ガンパレ』や『東方』のように、あるひとつの世界観の共有を通して人々のあいだにコミュニケーションが生まれるといった文化も成立する。その究極が『ひぐらし』である。

8章

停滞する日本のゲームに対して90年代半ば以降の洋ゲーの(とくにFPSを中心とした)発展に焦点をあわせる。初期のアドベンチャーゲームからもわかるように、洋ゲーは一貫して一人称的志向を持っており、また日本のゲームのように物語性を重視しない。その点で海外のFPSは、日本の『MGS』や『バイオハザード』などとは好対照である。PCを主なプラットフォームにしたことともあいまって、FPSではMOD文化が発展した。結果、洋ゲーは、ゲームエンジンの発達やシステムの標準化やクリエイターの増加といった展開を見せることになる。これらは、一方でRPGのような既存のジャンルの発展を促し、他方ではインディーゲームの活発化につながる。

9章

90年代末から現在にかけて、インターネットや携帯電話の普及などの外的状況の変化によって、ゲームやゲーム観がどのように変容してきたかを取り上げる。インターネットは、一方ではMMORPGのように現実とはちがうもうひとつの「別世界」を志向するゲームを成立させたが、他方では『パンヤ』のように短時間で気軽に遊べるカジュアルゲームを成立させた。このようなカジュアル志向のもとで、DSやWiiが一時的な成功を収める。しかし、カジュアルゲームに向いた新たな競合媒体として携帯電話やスマートフォンが登場してくる。ソーシャルゲームに見られるように、あるいは『モンハン』や『ラブプラス』に見られるように、いまやゲームは「現実と切り離された別世界」というよりも「現実世界に寄り添う身近なもの」になっている。


参考になった他のかたの書評へのリンクも張っておきます。