ニューヨーク近代美術館がビデオゲーム14作品をコレクションに追加

Source: MoMA | Video Games: 14 in the Collection, for Starters

いい日本語まとめがないのでまとめておきます。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)がビデオゲームのコレクションに本格的に乗り出し、手始めに以下の14作品を収蔵したようです。

これらの作品は2013年3月からMoMAのフィリップ・ジョンソンギャラリーで展示されるらしい。さらに以下の作品も近い将来に収集予定とのこと。

  • Spacewar! (1962)
  • Magnavox Odyssey向けゲームの詰め合わせ (1972)
  • Pong (1972)
  • Snake (originally designed in the 1970s; Nokia phone version dates from 1997)
  • スペースインベーダー (1978)
  • Asteroids (1979)
  • Zork (1979)
  • Tempest (1981)
  • ドンキーコング (1981)
  • Yars’ Revenge (1982)
  • M.U.L.E. (1983)
  • Core War (1984)
  • Marble Madness (1984)
  • スーパーマリオブラザーズ (1985)
  • ゼルダの伝説 (1986)
  • NetHack (1987)
  • ストリートファイター II (1991)
  • クロノトリガー (1995)
  • スーパーマリオ64 (1996)
  • Grim Fandango (1998)
  • どうぶつの森 (2001)
  • Minecraft (2011)

以下、収集の方針と選定基準、保存の対象、展示方法について。
おおむね抄訳です。

収集の方針と選定基準

ビデオゲームはたしかに芸術だが、収集はデザインの観点からなされる。 つまり、これらのゲームは傑出したインタラクションデザインの例として選ばれている。 したがって、選定の基準には、視覚的な質や美的経験だけでなく、インタラクションデザインにふさわしいさまざまな側面(コードのエレガントさからプレイヤーの行動デザインまで)も含まれる。 というわけで、ビデオゲームは〈建築・デザイン〉コレクションの一部として研究・保存・展示される。

ポスター、椅子、車、フォントといった他のデザインものと同様に、キュレーターが求めるのは、歴史的・文化的な関連性、美的表現、機能的・構造的な有効性、テクノロジーと行動に対する革新的なアプローチ、特定の目標を達成するための素材と技法の総合、などの組み合わせである。 このようなタイトな方針のおかげで、いかにポピュラーなビデオゲーム作品であってもセレクションに含まれないことがある。

とくに重要視しているインタラクションデザイン的な性質は以下。

行動(behavior)

シナリオ、ルール、刺激、動機づけ、物語は、(個人的か社会的かを問わず)プレイヤーの行動のうちで生命を得る。 意図的にデザインされたビデオゲームは、プレイヤーを教化したり、情動を引き起こしたり、新しい経験を試してみたり、もののありかた・見かたに疑問を投げかけたりする。 ゲームコントローラは行動の拡張である。

美的なもの

とくに美術館向けに選定される場合には、視覚的な要素はとりわけ重要。 他のデザイン形式と同様に、形式的なエレガントさは、そこで用いられているテクノロジー次第でさまざまなありかたを持つ。 そういう意味で、ドット絵の優美さと動きのなめらかさは同列に扱える。 とくに革新的なデザイナーたちは、テクノロジーの制約をうまく使ってゲームの個性を引き出してきた。

空間

ゲームがそこに存在し、そこで展開する空間は、レンガや漆喰のかわりにコードでできた建築である。 それは、計画され、デザインされ、厳密なプログラムによって構築される。 ビデオゲームは、物理的構築物とはちがって、空間の論理や重力を無視できるし、それによって瞬間移動や偏在といった新しい経験を提供できる。

時間

ビデオゲームの時間はさまざま。すぐ終わるのか何年もかかるのか、そもそもそれは現実世界の時間なのかゲーム自身の時間なのか。 インタラクションデザインはふつうダイナミックなので、時間の次元が表現され具体化されるしかた(単線的な進行なのか複層的な進行なのか、障害物を乗り越えたり目標に到達するのに時間を燃やすのか、あるいはたんに待つだけなのか)は決定的なデザイン要素である。

保存の対象

第一の段階は、当該のゲーム作品のオリジナルのソフトウェアフォーマット(カートリッジやディスク)とハードウェア(ゲーム機やコンピュータ)を可能なかぎり入手することである

また、ゲームの保存を可能にするために、もともとそれが書かれた言語でのソースコードを収集していく必要がある。それによって、たとえオリジナルのテクノロジーが利用できなくなったとしても、将来的にそれを翻訳することが可能になる。 これは容易な作業ではない。多くの企業はすでに展示とアーカイブの両方の目的のもとにエミュレーションないし他のデジタルアセットを持っているので、これも収集する必要がある。

さらに補強証拠としての開発資料や、場合によってはオリジナルのデザイナーやプログラマーによるコードについての注釈レポートも入手したい。 コードを書くことは創造的で個人的な過程である〔ようするにコード書き行為にも独創性や創造性を帰属させられるということ〕。 収集の時点でそのデザイナーにインタビューし、その作品に対するコメントと注釈をお願いすることは、保存と将来的なエミュレーションをより容易にする。また、展示内容や将来的な研究にとっても手助けになる。

展示方法

展示のしかたはそれぞれのゲームによる。

短いゲームなら、その全体をプレイしてもらうことができる。

長くかかるゲームの場合は、インタラクティブなデモンストレーション、つまり制限された時間内でプレイしてもらうかたちになるだろう。制限された時間でフラストレーションなしにゲームをじかに経験してもらうために工夫したい。

ギャラリー内でのインタラクティブな展示として経験するには複雑すぎたり時間がかかりすぎたりするゲームについては、デモ的なビデオを作ることになる。そこでは、そのゲームのコンセプトやキャラクタが並べられる。

その全体像がわかるのに何年もかかるゲームや何百万人も必要なゲームもある。そのゲームの経験を伝えるために、プレイヤーやデザイナーと協力して、これらのもうひとつの世界のガイドツアーを作ることになるだろう。


まとめおわり。

軽いリリース文に文句つけてもしょうがないんだけど、選定基準として取り上げてる諸性質がなんだか微妙に適当だなあというかんじがする(とはいえ「完全にずれてる感」はしないところはさすがだなあと思う)。あいかわらず、こういう場合に出てくる「空間」と「時間」という用語のレトリック感がはんぱない。まあこういうのは後付け理由的な側面がけっこうあるのかもしれない。

アーカイブの方針は妥当だと思う。あと立命館のゲーム研究センターのかたがたが提案しているような受容的側面のアーカイビングもあればなおよいかもしれない(ふつう美術館はそういう資料までは集めない気もするけど。受容史の構成のための資料は美術館ががんばって保存しなきゃならないものではないはず)。

展示もまあそうなるわなというかんじ。個人的には(アーケードゲーム以外の)ゲームの実演展示とかくそだと思ってますけど。やるならこたつをセットすべき。

あんまり関係ないけど、先々月に京都のゲームバーに5、6人で行ったときに空いてたので飲み食いしながら3時間ほどファミコン独占して散らかして帰りましたけど、ゲームバーくらいがゲームの真っ当な展示の限界だと思う。

というわけで日本の文化行政ももうちょっとセンスあるしかたでがんばってほしいですね。