ビデオゲームは芸術か

Jun 21, 2013|ゲーム研究

っていうタイトルで紀要に書いた論文が出たので、PDF公開しておきます。

本稿の目的は、この問いを明確にすることである。結果として問いに対する一定の答えも提示することになるが、議論の焦点は、答えそのものよりも問いの定式化にある。つまり、「ビデオゲームは芸術か」と問われるとき、そこでなされているのは実際にはどのような問いなのか、そして、それに答えるにはどのような前提が必要なのか、という点を中心に論じる。

といったものです。ようするに、そういう問いを立てるのなら最低限これこれこういったことは考えとくべきなんではないかという話です。

章立ては以下:

1. 問題の設定
 1.1 問いと議論の実例
 1.2 前提としての芸術の定義
 1.3 芸術作品と芸術形式
 1.4 本稿の意義
2. 芸術形式の定義
 2.1 人工物形式
 2.2 芸術形式の定義と芸術作品の定義の関係
 2.3 芸術作品の定義
3. ビデオゲームは芸術形式か
 3.1 ビデオゲームの芸術性
 3.2 事例

アイデア出しのつもりでわりと好き勝手書いたので、論文としてのクオリティは低いと思います。とくに、2節の議論については本来引くべき研究がもっとあるんですが、分量的な問題と議論の構成上と面倒の問題でかなりカットしてます(なので、芸術の定義論の話としてはろくな内容ではない 。芸術の定義論については『分析美学入門』第5章を読もう)。

セクションごとに主題やテンションがだいぶちがうので、以下のようなかんじで興味の向くとこだけ読んでいだたければいいかなあと思います:

  • 「ビデオゲームは芸術か?」ととりあえず問うたり答えたりしてみたくなる人、その手の問いと答えに対して文句つけたくなる人などは【1.1~1.3】へ。
  • 「「ビデオゲームは芸術か」と問うことに意義あるの?」という人は【1.4】へ。正直それ自体としてはあんまり意義ないと思いますが、その問いが実際に世間で発せられているかぎりは、それに対する態度や答えめいたものをあらかじめ用意しておくことはそれなりに重要だろうと思っています。
  • ゲームの話はとりあえずさておき芸術形式の必要十分条件についてのテクニカルな議論に興味あるという人は【2】へ。【2.2】がこの論文の本体かつうんこな部分です。
  • ビデオゲームという形式の特殊性に興味がある人は【3.1】へ。ここはゲーム美学の今後のありうべき方向性めいたものをアイデアとして提示してみてる部分で、鼻息は荒いですが研究というかんじではないです。
  • 【3.2】は余興です。

あと当初入っていた内容として、ポピュラー芸術/マス芸術/'低級'芸術に対するありがちな非難の四類型をノエル・キャロル(A Philosophy of Mass Art)の議論を引いてまとめたうえで、それらの想定される非難はまったく的外れでござると予防していた部分があるのですが、査読の人に「そこは本体と関係ないやろ」と言われたので全面カットしました(実際そのとおりなので)。

まあただ、いうてもそういう非難は(顕在化しないとしても)ふつうにありうると思うので、そういうのに対する理論的な防御というか攻撃というかをしておく動機もそれなりにあるよなあとは思います。あと、単純にキャロルによる'エリート主義者'や'モダニスト'の類型化が面白い。余談。


追記

この問いにかんして拾い集めたウェブ上の諸言説(のうちの日本語でまあまあ面白く読めるもの)へのリンクを貼っておきます。こういう諸々が論文の背景のひとつとしてあります。趣深い。

あといちおうこの記事も: