Diegetic Soundについて

以下の山根さんの記事に関係する話。

ゲームサウンドにいわゆる「ダイエジェティックサウンド」概念を適用することについてなんか書こうと思ったが、そのまえにいくつか概念的な整理をしておいたほうがいいだろうということで長々と書きます(この件についてのまともな日本語のオンラインソースがないというのもある)。

"Diegesis"の2つの意味

英語の「ダイエジェティック」(diegetic)*は「ダイエジーシス」(diegesis)の形容詞なのだが、めんどうなことに「diegesis」にはまったく異なるふたつの用法があり、さらにめんどうなことに両方とも物語論関係の文脈で頻出する。

語ることとしての"diegesis"

第一に、「diegesis」は、物語(あるいは表象一般)のモードのひとつを指す語としてつかわれる。物語のモードには、語り手が自分自身として傍観的に状況を語るモード(telling)と、演じ手がほかの人物になりきって状況を見せるモード(showing)の二種類があるとされる*

この「語ること/見せること」の対概念は、伝統的に「ディエゲーシス/ミメーシス」(叙述/模倣)というギリシア語の対概念に結びつけられてきた(ジュネット 1985a: 188ff; Chatman 1980: 32; Prince 2003; Klauk & Köppe 2014)。この区別はプラトンの『国家』(3巻)にさかのぼると言われる*

「ディエゲーシス」はもともと「述べること」や「語ること」の意なので、この第一の用法は原義どおりだといえる。

物語世界としての"diegesis"

第二に、「diegesis」は、物語作品が描く世界を指す語としてつかわれる。この用語は、直接にはフランス語の「ディエジェーズ」(diégèse)からきている。

このフランス語の用法の出所はわりとはっきりしている。1950年代初頭にエティエンヌ・スーリオが映画研究の文脈でつかいはじめ*、その後クリスティアン・メッツなどの映画研究者も採用した。この用語を文学研究に大々的に持ち込んだのはおそらくジェラール・ジュネットで、語り手が位置づけられる世界の「レベル」の区別や、語り手が自身を作中人物として登場させるかどうかの区別をするために、「ほにゃららdiégètique」という分類用語をたくさん作り出している。

この第二の用法の「diégèse/diegesis」は理論的に導入されたものなので、ギリシア語の原義とは関係なく「物語世界」や「作品世界」と訳すべきものだろう*

つかいわけ

多くの物語論者はこのふたつの用法に意識的ではあるだろうが、ジュネット(1985b: 21-22)が指摘しているように、実際に両者を混同しているケースや、ミスリーディングな言葉づかいもあるかもしれない。とくに英語になると名詞形「diegesis」がギリシア語のそれと同じになるので、この混同に拍車がかかるかもしれない。

とはいえ、「ミメーシス」と対置されてないかぎりは、ほぼ第二の用法(物語世界を指すほう)と考えて問題ないと思う。

Diegetic/non-diegetic sound

映画サウンド研究

「ダイエジェティックサウンド/ノンダイエジェティックサウンド」は、映画研究でつかわれてきた対概念である。ここでの「ダイエジェティック」は、明確に上記の第二の用法にもとづいたもので、「物語世界のなかの」という意味である。訳すなら「物語世界内の音/物語世界外の音」とかが適切だろう(「non-diegetic sound」はしばしば「extra-diegetic sound」とも呼ばれる)。

標準的な定義でいえば、ダイエジェティックサウンドは、その音源が当の作品世界のなかにあると解釈されるもの(それゆえ登場人物が聞きうるもの)であり、ノンダイエジェティックサウンドは、その音源が当の作品世界のなかにはないと解釈されるもの(それゆえ登場人物が聞きえないもの)である(Bordwell & Thompson 1997: 330)。登場人物の声や物音はダイエジェティックであり、登場人物ではないナレーターの声やムードメイキングな背景音楽などはノンダイエジェティックである。音楽でも、その世界のなかで流れているものとして解釈される音楽はダイエジェティックになる。もちろん、両者があいまいだったりシームレスに連続していたりするケースもよくある*

映画の音についての関連する区別

当の音の音源が画面内に表されているかどうかという区別もある(「オンスクリーンサウンド/オフスクリーンサウンド」と呼ばれる)。この区別はダイエジェティック/ノンダイエジェティックと同じではない。オフスクリーンな音であっても(つまり音源が鑑賞者に見えなくても)ダイエジェティックな音はありうる(Bordwell 1985: 119)。

エドワード・ブラニガンは、さらに「物語世界外的」(nondiegetic)な音と「虚構外的」(extra-fictional)な音を区別している(Branigan 1997: 95-96)。前者は当の物語世界をなんらか意味づける(つまりフィクションの一部としての機能を果たす)が登場人物には聞こえないような音であり、後者はそもそもその世界にまったく関係ない音(たとえばクレジットの背景で流れる音楽)である。ようするに、虚構的な内容(当の世界についての情報)を持つ音(fictional)と持たない音(extra-fictional)にわけたうえで、前者をさらにその世界内に音源がある音(diegetic)とない音(nondiegetic)にわけているわけである*

こんなかんじ*

  • Extra-fictional
  • Fictional
    • Non-diegetic
    • Diegetic
      • Offscreen
      • Onscreen

ゲームサウンド研究

ゲームサウンド研究で「ダイエジェティック/ノンダイエジェティック」という対概念が持ちだされる場合、当然ながら映画サウンド研究の用法が前提されている。そのうえで、映画にはいえないビデオゲームならではの特殊なサウンドのありかたが論じられるのがふつうである(クリスティーネ・イェルゲンセン(Jørgensen 2007)の「transdiegetic sound」概念はわかりやすい例)。

ただ「ダイエジェティック/ノンダイエジェティック」という観点からゲームサウンドの特殊性を明らかにしようとするアプローチは、かなり論点を限定しないかぎりは(あるいはその用語の意味をずらしてつかわないかぎりは)うまい議論にならないのではないかと思う。「ダイエジェティック/ノンダイエジェティック」の区別は、情報を伝えるしかた(how)の区別であって、どういう種類の情報を伝えるか(what)の区別ではないわけだが、おそらくゲームサウンドの特殊性は(とりわけその記号的機能に注目する場合)後者に大きくかかわるものだろうからだ(たとえば、当の世界についての情報を与える音なのか、プレイヤーによるゲームプレイの行為にかかわる情報を与える音なのかといった区別)*。あるいは、イェルゲンセンがやっているように、物語世界とは別に「ゲーム世界」なる領域を定義したうえで、それに対して「ダイエジェティック/ノンダイエジェティック」を不用意に適用してしまうといった問題もある。

そういうわけで、ゲームサウンド研究に「ダイエジェティックサウンド/ノンダイエジェティックサウンド」の対概念をそのまま(あるいは歪めたかたちで)持ち込むことには、それなりに難点があると思う。この話については、そのうちまた別に書くかもしれない。

Footnotes

  • 「ダイジェティック」と表記されることも多い。どっちでもいいが「ダイエジェティック」のほうがより発音に忠実だとは思う。

  • この対概念にはあまり一般性がないと思っている。アリストテレス的な叙事詩と劇の区別、小説と演劇の区別、小説における間接話法と直接話法の区別などを表すものとしてはそれなりにしっくりくるだろうが、たとえば絵画や映画やマンガやアニメなどの画像的/映像的な物語には適用しにくい(depictionとshowingを同等視するのは無理があるように思える)。ジュネットのように両者のちがいを「距離」(情報量の多寡と語り手の存在の隠蔽度合い)のちがいとして定式化すれば一般的につかえるかもしれないが。

  • この常識的な理解はかなりあやしいという議論がある(Halliwell 2013)。とはいえ、言葉づかいの錯綜はあるにせよ、このたぐいの区別をプラトンやアリストテレスがやっているのはたしかである。

  • この用法の発端としてエティエンヌ・スーリオの論文「La structure de l’univers filmique et le vocabulaire de la filmologie」(1951)がよく挙げられる(内容は手元にないので確認できない)。スーリオと娘のアンヌ・スーリオが編んだ美学辞典の「Diégèse」の項目では、アンヌのほうが言いだしたことになっている。以下引用。「『Diégèse』という用語は、派生語の形容詞『diégètique』〔…〕や副詞『diégètiquement』〔…〕とともに、1950年に、パリ大学の映画学研究所の美学研究者たちのグループのなかで、アンヌ・スーリオによって作られたものである。この美学者たちは、ある概念を指す用語を必要としていた。彼らはその概念をつかう必要が頻繁にあったのだが、そのための特別な語がまだなく、いつも迂遠な言い回しをするほかなかった。そこでアンヌ・スーリオは、ギリシア語で物語とその内容を指す『διήγησις』という語を引っぱってきたわけである。このように『diégèse』という語は映画美学のなかで誕生したのだが、それが指す概念は映画に特有のものではない。この概念は、なにかを表象するあらゆる芸術〔…〕に適用されるものである。Diégèseとは、作品の世界(univers)、その〔世界の〕一部を表象する芸術作品によって提示される世界(monde)である」(Souriau & Souriau 1990: 581)。

  • メッツの邦訳書では、ルビつきの「物語」、「物語的現実」、そのまま「ディエジェーズ」などの多様であいまいな訳語が見られるが、ジュネットの邦訳書では「物語世界」が一貫して採用されている。出所と意味からいって明らかに「物語世界」のほうが適訳である。また「diégètique」を「物語的」と訳すのもたまに見るが、これも「物語世界的」(あるいは「intra-diégètique」の意味なら「物語世界内的」)にしたほうがいい。

  • 両者のいずれに属するかがあいまいなケースがあることは、それらの概念を明確に区別できない(あるいはすべきでない)ことをまったく含意しない。むしろ逆に、あるケースを「あいまいなケース」や「シームレスなケース」や「境界の侵犯」として記述できるのは概念を明確に区別しているおかげである。

  • ゲームサウンド研究の文脈で「diegetic/non-diegetic」がこの意味での「fictional/extra-fictional」と同じものとしてつかわれるケースもある(Grimshaw 2008 quot. Jørgensen 2011: 84)。こういうのは理論的観点からいってとてもよくない用語法だと思うが、裏を返せば、なすべき区別がいくつもあって、それらを互いに混同しないよう適切に整理していく作業が必要な領域だということでもある。

  • 「Non-diegetic + onscreen」や「extra-fictional + onscreen」がありうるのかどうかはよくわからない。あと、音の虚構的内容と映像の虚構的内容が時間的に同期しているかどうかという区別や、ふつうにその世界で鳴っている音(external diegetic)と特定のキャラクタにしか聞こえない音(internal diegetic)の区別もあるが、ややこしくなるので省略。

  • 記号的機能というよりも没入経験のデザインやリアリズムの話であれば、「how」の論点はむしろ重要になる(「diegetic interface」の議論はまさにそう)。しかし、「diegetic sound」概念をつかってなされている議論の多くはそういうものではないように思える。

References

  • Bordwell, D. 1985. Narration in the Fiction Film. Madison, WI: University of Wisconsin Press.
  • Bordwell, D., & K. Thompson. 1997. Film Art: An Introduction to Film Theory. New York: MacGraw-Hill.
  • Branigan, E. 1992. Narrative Comprehension and Film. London: Routledge.
  • Chatman, S. 1980. Story and Discourse: Narrative Structure in Fiction and Film. Ithaca, NY: Cornell University Press.
  • Halliwell, S. 2013. "Diegesis – Mimesis." In The Living Handbook of Narratology, eds. P. Hühn, et al. Hamburg: Hamburg University. http://www.lhn.uni-hamburg.de/article/diegesis-–-mimesis.
  • Jørgensen, K. 2007. "On Transdiegetic Sounds in Computer Games." Nothern Light 5(1): 105-117. Available: https://bora.uib.no/handle/1956/5855.
  • Jørgensen, K. 2011. "Time for New Terminology? Diegetic and Non-Diegetic Sounds in Computer Games Revisited." In Game Sound Technology and Player Interaction: Concepts and Developments, ed. M. Grimshaw, 78-97. Hershey, PA: Information Science Reference.
  • Klauk, T., & T. Köppe. 2014. "Telling vs. Showing." In The Living Handbook of Narratology, eds. P. Hühn, et al. Hamburg: Hamburg University. http://www.lhn.uni-hamburg.de/article/telling-vs-showing.
  • Prince, G. 2003. A Dictionary of Narratology. Revised edition. Lincoln: University of Nebraska Press.
  • Souriau, E., & A. Souriau. 1990. Vocabulaire d'esthétique. Paris: Presses universitaires de France.
  • ジュネット, G. 1985a. 『物語のディスクール――方法論の試み』 花輪光・和泉涼一訳. 水声社.
  • ジュネット, G. 1985b. 『物語の詩学――続・物語のディスクール』 和泉涼一・神郡悦子訳. 水声社.