環境ストーリーテリングについて

Feb 05, 2015|ゲーム研究

ドラクエ5 ただのしかばね

ナラティブ関係のメモです。

ビデオゲームにおける物語表現の一手法を表すものとして、「環境ストーリーテリング」(environmental storytelling)という概念がしばしば持ち出される(Carson 2000; Jenkins 2004; Worch & Smith 2010)。ビデオゲームの物語にかかわる概念はだいたいぐだぐだだが、そのなかではかなり理論的に堅固な概念だと思う。

環境ストーリーテリングは、空間内の個々の事物やその配置を描くことでストーリー(特定の出来事連鎖)をプレイヤーに伝える手法である。これは、出来事を直接描いたり、世界内のキャラクタに(せりふとして)語らせたりする物語手法と対置される。それは、〈そこでいま起きていること〉を描くのではなく、〈そこでなにかが起きたことを表すもの〉を描く手法である。

例としては『Myst』とか最近であれば『Gone Home』とかが典型だが、物語をフィーチャーするビデオゲーム作品なら多かれ少なかれつかっている手法だろう。古典的なJRPGでもすでに顕著なかたちでつかわれている(たとえば『ドラクエ』シリーズの「ただのしかばねのようだ」の場面はだいたいそう)。

ヘンリー・ジェンキンス(Jenkins 2004)は、環境ストーリーテリングをいわゆる「mise-en-scène」による物語の一種とみなしている*。Mise-en-scèneによる物語は、映画やアニメやマンガでもふつうに見られるもので、出来事の直接的な表象や言語的な語りぬきにストーリーを表す手法である。たとえば、映画でも、たんに場所の光景や個々の事物を映したカットを提示するだけで、そこでなにか特定の出来事が起きたことを表すことができる。

Mise-en-scène一般と環境ストーリーテリングのちがいはもちろんあるだろう。映画やマンガの場合、事物を描くカットやコマは鑑賞者の意図や行為とは関係なく提示され、またその提示の順序も決まっている。反対に、ビデオゲームの場合、事物を描くシーンの提示はプレイヤーの行為に依存し、それゆえまたその提示の順序は固定的でない。この特徴は、自分自身がストーリーの手がかりの断片を集めて再構成するという感覚をプレイヤーに与えるものかもしれない。その意味で、環境ストーリーテリングは、ビデオゲームに特有の物語経験を可能にする手法といえるかもしれない。

一方で、環境ストーリーテリングは、ふつうの物語と同様に、固定的なストーリーを与えるものでもある。というのも、ストーリーの手がかりの提示の順序は固定的ではないが、そこから再構成されるストーリーは特定の時系列を持った出来事群だからである(ジュネットの用語でいえば物語言説時間の順序が変わるだけで、物語内容は変わらない)。このことは、ゲームのインタラクティブ性と物語一般の直線性・不変性の相性が悪いという古典的な問題(Egenfeldt-Nielsen et al. 2013: 216-217)を回避するものかもしれない。それはまた、ゲームは過去の出来事を表す(つまりフラッシュバック)のに適さないという主張(Juul 2001)を回避するものかもしれない。

というわけで、環境ストーリーテリングは、本質的に直線的で固定的なものとしてのストーリーの性格を維持しつつ、ビデオゲームならではの物語経験を与える手法かもしれない。とはいえ、それを十分なかたちで達成するには物語デザイン上の困難がそれなりにあるだろうと思う。

理想的には、プレイヤーの自発的な(あるいは少なくとも被強制的でない)行為によって、ストーリーを再構成するための手がかりが手に入れられていくようなデザインにするのが望ましいだろう。それゆえ、物語デザイナーは、ストーリーを再構成するための特定の手がかりをプレイヤーが漏れなくきちんと拾えるようにしなければならない。一方で、その手がかりを拾うことを作業として与えてしまうと台無しである*

これはようするに、強制したいことを、強制されているという感覚を与えることなしにプレイヤーにさせるということである。これをうまいこと実現するのはそれなりに難しいかもしれない。逆にいえば、そこをうまく処理している作品は、物語デザインが優れた作品として評価されるべきものだといえるかもしれない。

Footnotes

  • ちなみにとてもまぎらわしいが、ジェンキンスの論文における「environmental storytelling」は空間をつかった物語表現一般のことであって、この記事での「環境ストーリーテリング」の上位概念である。ジェンキンスは「environmental storytelling」のありかたを4つ示しているが、この記事での「環境ストーリーテリング」に相当するのは、そのうちの「embedded narrative」である。ついでに言うと「embedded narrative」という言葉には異なる用法もある。以下の記事の追記を参照。ゲーム研究と「ナラティブ」 - 9bit

  • ゲームプレイ上の作業や課題を与え、その過程や達成ごとに特定の内容を描く、というやりかたで全体的なストーリーを描く物語手法もある(Juul 2012: 431)。これもまた、ビデオゲームならではの手法かもしれない。また、そこでゲームプレイと物語がうまく調和することもあるかもしれない(Tavinor 2009: 120ff)。とはいえ、その種の手法は、ここで言う環境ストーリーテリングではないし、その独特の利点(自分自身でストーリーを再構成するという感覚を与える)を持つものでもない。

References

  • Carson, D. 2000. "Environmental Storytelling: Creating Immersive 3D Worlds Using Lessons Learned from the Theme Park Industry." Gamasutra. March 1, 2000. http://www.gamasutra.com/view/feature/131594/environmental_storytelling_.php.
  • Egenfeldt-Nielsen, S., J. H. Smith, & S. P. Tosca. 2013. Understanding Video Games: The Essential Introduction. 2nd edition. New York: Routledge.
  • Jenkins, H. 2004. "Game Design as Narrative Architecture." In First Person: New Media as Story, Performance, and Game, eds. N. Wardrip-Fruin & P. Harrigan, 118-130. Cambridge, MA: MIT Press. Available online: http://web.mit.edu/21fms/People/henry3/games&narrative.html.
  • Juul, J. 2001. "Games Telling Stories? A Brief Note on Games and Narratives." Game Studies 1(1). http://www.gamestudies.org/0101/juul-gts/.
  • Juul, J. 2012. "Narrative." In Encyclopedia of Video Games: The Culture, Technology, and Art of Gaming, vol.2, ed. M. J. P. Wolf, 430-433. Santa Barbara, CA: Greenwood.
  • Tavinor, G. 2009. The Art of Videogames. Malden, MA: Wiley-Blackwell.
  • Worch, M., & H. Smith. 2010. "What Happened Here? Environmental Storytelling." Presentation material. GDC 2010, San Francisco. http://www.gdcvault.com/play/1012647/What-Happened-Here-Environmental.
  • ジュネット, G. 1985. 『物語のディスクール――方法論の試み』 花輪光・和泉涼一訳. 水声社.