モンロー・ビアズリー「視覚芸術における再現」

Sep 28, 2015|美学・芸術の哲学

分析美学基本論文集』所収のビアズリー「視覚芸術における再現」のまとめです。

明晰で整理された内容のわりに、文章は読みづらかったというか、長くてしんどかったので、まとめる意義もそれなりにあろうかと思います。

  • モンロー・ビアズリー「視覚芸術における再現」相澤照明訳、西村清和編・監訳『分析美学基本論文集』所収、173–243、2015(Monroe C. Beardsley, "Representation in the Visual Arts," in Aesthetics: Problems in the Philosophy of Criticism, 267–317, New York: Harcourt, Brace & World, 1958.)

絵についてなにか言うときの諸概念や焦点が整理・分類されている章です。たとえば美術史の人が絵の構造を記述・分析するときの基本的な概念的枠組みとしてかなり便利なんじゃないでしょうか(実際、美術史家や美術批評家の言葉づかいのあやふやさを指摘している側面もある)。

訳は、訳語選択と訳文のかたさにいくらか不満はありますが、ふつうに読んで十分に内容を理解できるので、いい訳なんじゃないでしょうか。

以下まとめ。

1. 再現と抽象

このセクションでは、再現にかかわる諸概念が整理・分類される。

  • デザイン(design):現に呈示(present)されるもの
  • 主題(subject):再現(represent)されるもの
  • 再現(representation):〈デザイン → 主題〉の関係

再現

  • 描写(depiction):不特定のもの(たとえばある山)の再現*
  • 肖像(portrayal):特定のもの(たとえばサント・ヴィクトワール山)の再現
    • 物理的肖像(physical portrayal):実際のモデルの再現
    • 名目的肖像(nominal portrayal):タイトルなどからそれと知られる特定の対象(虚構的対象も含む)の再現*
  • 肖像は描写を含意する(描写ぬきの肖像はありえない)。
  • 主題は、ものと出来事のどちらでもありうる。
  • 主題は、解明(elucidate)される。たとえば、絵の主題が、ある瞬間の前後関係を含めた一連の出来事(劇的主題)として解明される。

非再現的デザイン

  • 暗示(suggestion):再現ではないが、なにかを連想させるもの。いわゆる抽象表現主義もここに入る。
  • 非暗示的な非再現的デザイン:たとえば幾何学的なパターン。
  • デザインを指すのにしばしば主題と同じ言葉がつかわれる(たとえば、デザイン上のきのこのかたちを指すのに「きのこ」と言う)。ミスリーディングなので注意。
  • またデザイン自体がもっている質(たとえばとげとげしている)と主題を混同してはいけない。とげとげした線はとげとげを再現しているわけではなく、とげとげしている*

抽象と歪曲

  • 抽象(abstraction):再現において、主題が持つ特徴をデザインが持っていない度合い。ようするに似てない度。
    • 「抽象的」という言葉は、しばしば非暗示的な非再現的デザインを指すものとしてつかわれるが、これはミスリーディング。
    • また、暗示を指すのにもつかわれたりするが(たとえば「抽象表現主義」)、そういう用語法もミスリーディング。
    • むしろ「りんごを抽象的に描く」という場合のように、再現における相対的な類似の度合いに限定してつかうのがよい。
  • 歪曲(distortion):再現において、デザインが主題の特徴を誤って再現している度合い。まちがってる度。理想化(idealization)も歪曲の一種。
    • 肖像-理想化(portrayal-idealization):特定のものを理想化する(たとえばモデルを実際より美しく描く)。
    • 描写-理想化(depiction-idealization):概念を理想化する(たとえば不特定の人を描くときにより美しい人を描く)。

象徴

  • アトリビュート(持物)による記号作用が「象徴」と呼ばれることもあるが、ここで扱うのはもうちょっと限定された意味。ここでの象徴は、十字架がキリスト教を象徴するとか有刺鉄線が全体主義を象徴するとかいう場合の象徴。
  • 絵が象徴的であるという場合、ふたつのありかたがありうる。
    • デザイン → 象徴されるもの
    • デザイン → 主題 → 象徴されるもの
  • 象徴の3つの基盤
    • 自然的基盤(natural basis):象徴するものと象徴されるもののあいだに自然な結びつき(なんらかの意味での類似)があるということ*
    • 慣習的基盤(conventional basis):象徴するものと象徴されるものの結びつきがある時点において約定されたということ。
    • 生活的基盤(vital basis):歴史を持ち、その結果として実効的な力を持っているということ*
  • 象徴にとって本質的なのは生活的基盤。自然的基盤と慣習的基盤はどっちかあればOK。

2. デザインと主題の関係

このセクションは、主に絵画の批評的評価の話。デザインと主題の関係をめぐって2種類の批評理論が検討される。

発散理論

  • 発散理論(divergence theory)*の主張:絵画においてデザインと主題は統一されない。
  • これは、「意義ある形式」(significant form)を評価の焦点にするいわゆる形式主義者の理論。
  • 彼らが言いたかったのは、(平面上のかたちと色からなる全体としての)デザインが大事ということ。これはもっとも。
  • しかし「形式」という言葉がミスリーディングなおかげで、また絵画の話と関係ない一般的な議論と結びつけられたおかげで、ざんねんなことになった。

融合理論

  • 融合理論(fusion theory)の主張:絵画においてデザインと主題は統一されうる。言い換えれば、主題に対するデザインの「ふさわしさ」がありうる。
  • 融合とは、ようするに主題に対してデザイン上の「現示的等価物」(presentational equivalent)があるということ。
  • 融合の例
    • がっしりした人を主題として再現する場合に、デザイン上の領域的質*としてがっしり感を出す。
    • 主題上重要な人物を、デザイン上も重要なもの(焦点)として再現する。

形式の三つの次元

  • そういうわけで主題をもつ絵画には、形式のレベルが3つあることになる*
    • デザイン
    • 主題
    • デザインと主題の関係
  • このそれぞれのレベルで整合性や統一性を判断することができる。

デザインと機能

  • 再現の話ではないが、デザインと機能の関係についても似たような話ができる。
  • デザインとその用途(しばしば「形態とその機能」と呼ばれる)の関係は、再現におけるデザインと主題の関係と類比的かもしれない。たとえば、デザイン(見た目)と機能について、融合理論に近いものがしばしば唱えられる。
  • 機能に対する「見た目」「~みえる」という言いかたには、二種類の用法がある。
    • 車が速くみえる:その車はきっと速いだろう*
    • 車が速くみえる:その車は領域的質としての〈速さ〉をもっている。
  • 前者は機能についての推論であり、後者はデザインについての記述。
  • デザインの質が望ましい機能の質を含む場合、そのデザインは機能に適合している(たとえば、実際に速く、かつ(デザイン的な意味で)速くみえる車)。
  • 機能主義の2つのテーゼ
    • 第1テーゼ:デザインは用途に(上記の意味で)適合していなければならない。
    • 第2テーゼ:デザインが用途に適合すればするほど、そのデザインもよくなる。
  • それぞれぜんぜん別の話だが、しばしば一緒くたにされる。
  • 第1テーゼはどういう理屈で擁護できるのか謎(たとえば金庫は用途として厳重であるべきだが、デザイン上も厳重にみえるべきとかいう話にふつうならない)。
  • 第2テーゼには少なくとも2つ問題がある。
    • デザインを実用性にあわせるとして、実用性がより増すとそれに適合したデザインもよりよくなる(たとえばすっきりする)とは一般にいえない。それゆえ実用性のありかた次第でよくもわるくもなりうる。
    • このテーゼから純粋な装飾(実用性にかかわらないもの)をすべて排除すべしという帰結はでてこない。

まとめおわり。

前半で整理された諸概念は(名称や個々の定義の精度はともかく)けっこうつかえそう。

デザインと機能の話も面白い。いわゆる機能主義的なデザインは個人的に好きだが、機能主義の理論や定式自体にはまえから疑問をもっていたので、わりと納得がいく話だった。

『分析美学基本論文集』は、以下でも紹介されています。

Footnotes

  • ビアズリーは、描写の本性にかんしては完全に類似説をとっている。
  • おおむねグッドマン的な意味での指示としての再現に相当。ただしビアズリーは、グッドマンみたいになんでも指示できるみたいな無茶なことは言わずに、デザインと主題が顕著なかたちで不整合なのはだめという制限をかけている。
  • グッドマンが表現(expression)と再現の区別として言っているものに相当。
  • ビアズリーはここで「similarity」という言葉をつかっているが、ふつう象徴の特徴づけででてくるのは「analogy」(関係ないし構造の類似)だろう。
  • 「vital」を「生活的」と訳してるが、これでは意味不明。生きた内実を持っている、実質あるかたちでつかわれているとかそういうこと。「dead metaphor」みたいな言いかたと同じ。
  • 「発散理論」という訳だと意味不明。「乖離理論」などがまし。
  • ビアズリーの「領域的質」(regional quality)は、美的性質ないし表出的性質と読みかえてだいたい問題ない。
  • ここでの「形式」は、評価のポイントくらいの意味。事例をみるかぎり、3つの次元のそれぞれについて、有名なビアズリーの批評的評価の3つの理由――統一性(unity)、複雑性(complexity)、強度(intensity)――を見いだすことができるという話。
  • ようするにノーマン的な意味でのアフォーダンス。